御柳君の宣誓
第85回全国高等学校野球選手権埼玉大会抽選会会場
場所と内容を全部そのまま書いた看板の横に、一人の女子生徒がいた。
少し癖のある茶色がかかった黒髪。
髪と同じ色の大きく澄んだ瞳が印象的で、女子にしてはかなりの長身のようだ。
要約すると、かなりの美少女である。
どうやら彼女は、今日この場に来る高校生の一人らしい。
制服はよくある形のセーラー服。色は少し変わった濃い赤紫。
どこの高校のかはすぐには判別できない。
となると、この場で話しかけるのが彼女を知るのに最も手っ取り早い。
周囲の高校球児たちは、当然のごとく知り合いになりたいと感じ、早速行動に出た。
「ねえ、君どこの高校?」
「オレは○▽高校なんだけどさ〜。」
「終わったらちょっと話さない?」
「え?あの…。」
5,6人ばかりが彼女にいっせいに話しかけた。
しかし、この状況に彼女はあまりついていけなかったようだ。
その時。
戸惑う彼女の目に、ある人影が映る。
「あ〜〜華武のナマイキ4番!!」
「あぁ?」
人だかりの向こう、彼女が声をかけたのは私立華武高校1年生、御柳芭唐。
どう考えても自分の事であろう呼び方をする声が聞こえ、
反射的にその方向を向く。
そこには、彼女の声につられて自分に視線を向けた数人の高校球児と
見知らぬセーラー服の少女だった。
「あ"…やばっ。」
思わず相手を呼んだ本人は、声をあげてしまった事に気づき、
その場を去っていった。
「ちょ…っ、何だ?あの女…。」
渦中に取り残された御柳はというと、「華武の4番」という言葉におおいに反応した
周りの人間によって、いらぬ注目を浴びるハメになった。
ちなみに、走り去った彼女の名は、猿野天国。
十二支高校1年、野球部女子マネージャーである。
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「猿野くん、どこに行っていたんだい?
心配したよ。」
「す、すみませんキャプテン。」
待ち合わせ場所をやむにやまれぬ事情により追い立てられてしまった天国であったが、
他の場所で先輩方と合流した。
天国はほっとしつつ、先程の出来事を思い浮かべる。
(覚えられたかな…。)
つい思い浮かべた事をそのまま口に出してしまった。
その場を逃げ出す絶好のチャンスにはなったが。
相手があまりよくなかったように思う。
華武高校の1年、御柳芭唐と、天国は面識はなかったが、華武高校との練習試合で姿を見た。
どうやら1年で、犬飼・辰羅川との古くからの知り合いらしい。
それと、かなりの実力者であり、1年ながら名門・華武高校の4番打者を務めている。
御柳について天国が知っているのはそれくらいだった。
当然、御柳のほうは天国のことなど知っているはずがない。
だが、今のことで覚えられていたら…流石に気まずい。
なんせ「ナマイキ4番」などと呼んでしまったのだ。
細かい事をあまり気にしないタイプ(つまりはかーなーり大雑把)な天国ではあったが。
流石に気になってしまう。
そんな風に物思いにふける天国を、牛尾や、同行した先輩の虎鉄たちが心配した。
「猿野くん、何か気になる事でもあったのかな?」
「ヤな事あったってんなら、いつでも相談しろYo?」
「い、いえ、なんでもないです。」
天国は少し苦笑しながら答える。
普段から天国に関して異常なまでに心配性な彼らのことだが。
今回は明らかに自分に非があるため、あまり相談したいとも思わなかった。
その時。
「おい!華武高校だぜ!」
「去年の覇者だ!!」
会場が大いにざわめく。
近年連続して甲子園出場を果たしている華武高校が姿を現したのだ。
そして、先程の1年、御柳芭唐も当然いた。
(うわ〜〜すごい騒がれよう…。)
周りを見れば、高校球児たちに混ざって天国と同様に同行した
女子マネージャー(多分)達がメンバーの写真を熱心に携帯で撮っていた。
確かに主将の屑桐にしろ御柳にしろかなりの美形といえる容貌をしているので、
ファンも少なくはないだろう。
最も、天国のいる十二支高校ではレギュラーはほぼ全員美形といってもいいほどの美形ぞろいなため、
あまり気になる事はなかったが。
それより、今は御柳の目に止まらないようにすることが天国にとっての最重要事項だった。
そんなわけで、今日来ているメンバー(牛尾・虎鉄・羊谷)の中で一番の長身である牛尾の後ろに身を隠す。
しかし、天国はしっかり考え違いをしていた。
なんせ牛尾は非常に目立つ風貌なうえ。
華武の主将、屑桐と浅からぬ縁を持っていたことを、しっかりと忘れていたのだから。
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「あれ〜あそこにいるクラ○ドな髪って、十二支の主将気?(・0・;)」
最初に牛尾の存在に気づいたのは朱牡丹だった。
一度見たら絶対に記憶から離れる事のないような髪形と存在。
それだけのものを持つ牛尾が近くにいて気づかれないわけもなく。
屑桐は無視するかもという予想に違い、牛尾の方へ寄ってきた。
「…貴様もそれなりに運がついてきたようだな。
決勝まで…必ず来い。」
「ああ。そのつもりだよ。」
穏やかに火花を散らす二人に、しかし背後にいた天国は気が気ではなかった。
(やっべ〜〜見つかっちまう!!)
そんな風に必死で自分が気にされないように隠れる姿は、逆に思いっきり存在感を現していた。
「おいコラ。」
びっくう。
突然背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に、天国は腕を大きくあげて硬直する。
そしておそるおそる後ろを見ると。
「やっぱりお前じゃねえか。」
やっぱりあなたでしたか。
現在天国が会いたくない奴堂々ナンバー1。華武高校1年御柳芭唐氏。
いかにも裏で何か考えてますよ文句あるか状態の笑みで天国に顔を近づける。
「さっきはナマイキ呼ばわりして下さってど〜〜も?」
にこにこにこにこにこ
「い…いえいえそんなことわ…。」
だらだらと冷や汗びっしょりな天国は、完全に身体を硬直させていた。
(わ〜〜〜ん、こえ〜〜〜よ〜〜〜っ)
「おや?猿野くん、彼と知り合いだったかい?」
「御柳、その女子がどうかしたのか?」
両主将はほぼ同時に自分の後輩に質問を投げかける。
すると、御柳のみが即答した。
「ああ、こいつ今からオレの女っすから。」
「 は? 」
「な、何を言ってるんだい?!
御柳くん!!」
「…今からということと彼女の反応からして、それは嘘だな?御柳。」
対照的な反応を見せる両主将。
しかし、実は屑桐も内心かなり動揺していた。
なんせ彼もしっかり彼女に一目惚れしていたのだ。
そしてそこまで言った所で、やっと天国が反応を返した。
「なななななななななに言いやがるこのカブキ野郎!!」
「女のクセに口悪いぞ〜お前。」
御柳は天国の同様を文字通り流す。
「んなことは今は関係ねえだろ!!
それよりいつアタシがテメーの女になった!?」
「いいじゃん、オレが気に入ったんだからよ。」
傍若無人。大胆不敵。
どこの王様ですかあなたわ。
御柳の言いように天国は唖然とする。
そして天国が黙ったのを見計らって、耳元に口を寄せる。
(オレをナマイキ4番呼ばわりしたんだ、その侘びに付き合ってもいーんでね?)
どないな理屈やねん。
天国は突っ込みたかったが今だ呆然としていた。
すると、突然御柳は踵を返し、走り出した。
「おい、御柳?!」
屑桐の声も無視し、御柳は舞台に立ち上がった。
そして後片付けに帰ろうとしていた進行役からマイクを奪い取り。
大声で宣誓した。
『華武高校1年、4番サード御柳芭唐!
十二支高校女子マネージャー猿野を愛してるぜ!!』
「!!!???」
『手ェ出す奴ァぶっ殺す!!以上!!』
簡潔にしめると御柳はマイクを進行役に押し付け再度天国のもとに一直線に走ってきて。
「さ、猿野くん?!」
「御柳!!貴様!!」
そのまま天国の手を掴むと天国を連れて走り去っていった。
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「なんてことしてくれたんだよ〜〜!!」
「いーじゃん、これでオレの本気分かってくれたっしょ?」
「うるせえ!!面白けりゃ命がけで冗談やりそうな顔してるくせに!!」
「…それめっちゃ心外。言っとくけどお前のことはマジなんだぜ?」
「……。」
「ま、お付き合いの方はしっかりさせてもらうぜ?」
「?!何で?!」
「え〜〜だって、あんだけ大勢の前で宣言したんだから、引っ込みつかねーじゃん?」
「……て、めぇ・・・。」
さて、無理矢理お付き合いを始めさせられてしまった彼女は。
結局は彼と恋人同士になるのだが。
彼がその日を迎えるまで、あと2年かかったそうだ。
強制終了。
物凄く遅れてしまい、なおかつ半端な終わり方で非常に申し訳ありませんでした!
半分くらいはすすっと行ったんですが、終わり方がどうにもこうにもにっちもさっちも行かず。
結局このような形となってしまいました。
それに天国があまり女の子でいる意味がなくなってしまい、なんともかんとも。
謝罪の言葉しかありません。
青桐様、一ヵ月半にわたりお待たせして、本当に申し訳ありませんでした!!
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